
阪南大学 経済学部 教授
「地域データによる晩婚化・少子化の分析」(共著)『阪南論集 社会科学編』第46巻第2号,2011年3月
現在の主な研究テーマである「在宅医療の経済学的分析」について、研究を始めようと思った背景と目的を教えてください。
研究者として初期の頃は、女性の仕事と育児の両立といった課題をデータ分析しておりました。当時、女性が自分の思ったように仕事ができないと感じることが時々あり、どういう制度、政策が女性のワークライフバランスを実現させることができるのかに興味の焦点が向いていた時期でした。ちょうど自身が子育て中であったことが強く影響していたのだと思います。
そこから研究ターゲットが在宅医療へとシフトした直接的なきっかけは、指導してくださっていた教授に共同研究として誘われたことです。少子高齢化という言葉から、少子化問題の一環である育児と仕事の両立に関する課題と、高齢化問題の一環である在宅医療は大きく括ると同じ分野と思えて、そのお誘いに大きな迷いもなく共同研究がスタートしました。
しかし、実際、両者の課題が大きく異なっていることを研究してみて実感しました。すくすく育つ子どもは子育ての目安がわかりやすく制度、政策の提案も想定しやすいですが、介護を伴う在宅医療に関しては、時間的目安が立てにくく、課題が多岐にわたり、分析も複雑になります。
しかし、膨大な終末期医療費問題は日本が今、突き付けられている大きな課題の一つであることから、研究としてはやりがいのある分野だと感じています。
「在支診」はどのような役割を果たし、どのような仕組みで運営されているのか具体的に教えてください。
在支診とは、通院が困難な在宅患者に訪問診療や往診を行う医療機関のことで、まさに、在宅医療を支える中心的な役割をもつ医療機関といえます。
しかし、特別な診療所というわけではありません。市中にある診療所が、24時間連絡が取れる医師または看護職員を配置できること、患者の求めに応じて緊急往診が可能な体制を確保できることといったいくつかの要件を満たした場合、施設基準にかかる届出書(在支診としての指定を受けるための届出書)を提出することで在支診の指定を受けることができます。
「看取り難民」を減らすために「在支診」はどのような貢献をしていると考えていますか?
「看取り難民」とは、人生の終末期に死に場所が見つからない人を指します。日本は2040年に死亡者数がピークを迎えると推測されていますが、そんな中、国は膨大な終末期医療費を抑えるために、病院のベッド数を削減する方針を取り、病院医療から在宅医療へと転換を図ってきました。
終末期を病院で迎えることが難しくなる状況の中、在宅医療が今後も増え続ける終末期患者の対応にどこまで追いついていけるのか、これが今後、日本における大きな課題の一つになることは間違いありません。そして、在支診がこの在宅医療を主として支えていく役割を担い、貢献してくれる存在になるといえるでしょう。
少子高齢化や家族構造の変化が在宅医療の家族介護体制に与える影響についてどう考えていますか?
直近の2020年国勢調査における生涯未婚率は、男28.3%、女17.8%でした。生涯未婚率とは、50歳時点で一度も結婚をしたことがない人の割合を指しています。実に、男性では4人に1人、女性でも5人に1人近くの人が一度も結婚をしていないということになります。
日本は、非嫡出子(法律上の婚姻関係にない男女の間に生まれた子)が少ない国ですから、一度も結婚をしない人が多くなると、当然、生まれてくる子ども数は減少することになります。また、結婚した夫婦から生まれてくる子ども数も減少していますので、さらに子ども数は減少していきます。
今、在宅療養という選択をする人が多くなってきましたが、在宅療養は在支診の訪問診療や往診のみで支えきれるというものではありません。介護施設や家族介護による支えも必要となります。特に家族介護は、配偶者による介護、子による介護がその大部分を占めていますが、日本の未婚率の高さをみると、配偶者による介護は期待できなくなるでしょう。
そして日本の少子化の現状をみると、子による介護も期待できなくなり、家族介護に依存できない時代へと移行しつつあることが予想されます。今後は、家族介護に代わる新しいシステムの構築が必要となるでしょう。
最後になりますが、この記事をご覧になっている学生の皆さんや、将来在宅医療や医療経済、地域医療に関わる専門家を目指す人たちに向けて、メッセージをお願いいたします。
日本では終末期医療費の削減を目的に在宅医療が促されており、一見、高齢者問題のように映るかもしれませんが、終末期医療費問題は、国民すべてにかかわる問題です。なぜなら、日本はいつでも誰でも平等に必要な医療サービスを受けられる国民皆保険の制度だからです。
医療費が膨大になると、それを支払っている国民みんなの負担になりますから、決して高齢者だけの問題ではありません。看取り難民を出さず、終末期医療費も抑えつつ、介護負担も軽減できるような未来をみんなで考えていかなければならないのです。
支診のみならず、例えば訪問看護ステーション等の他の医療機関との連携、強化による医療の効率化、そして、もっと先を見据えると、人とAIによる協働の実現までも視野に入れていくことが必要となるのかもしれません。
