獨協大学経済学部の脇拓也先生にインタビューしました

インタビューさせていただいた方
脇拓也先生
脇拓也先生

獨協大学経済学部 准教授

経歴慶應義塾大学を卒業後、銀行員として勤務。銀行では事務管理や外為制度、マネロン対策、コンプライアンス(サステナビリティ対策、障碍者配慮施策など)を担当。銀行勤務の傍ら大学院に通い、修了。現在に至る。
所属学会経営戦略、経営倫理・経営哲学、組織不祥事研究

組織不祥事を研究しようと思ったきっかけや理由を教えてください。

私は銀行に19年間勤務し、仕事と並行して大学院で学位を取得した実務家出身の大学教員・研究者です。

銀行では管理部門にてマネーロンダリング規制などを担当しており、「なぜこのような規制が必要なのか」という疑問を抱いていました。さらに、対策が不十分な金融機関が当局から指摘を受ける事例を目にする中で、「なぜ不正や不祥事が起きるのか」という素朴な疑問が芽生えました。

この疑問をきっかけに、社会人大学院の修士課程で企業不祥事や不正について学問的に考察し、同時にそれらから何を学べるかを追究したいと考えるようになりました。研究を進める中で、経済学・経営学・倫理学などの理論やフレームワークを用いた分析や対策にも関心を持つようになりました。

組織不祥事はどのようなもので、どこで発生しているのでしょうか?

組織不祥事には、大きく分けて「組織上のトラブルや失敗」と「不正行為」の2種類があると考えられます。前者は、不良品の製造、システムトラブル、事故、顧客対応の不備など、組織の問題によって顧客や社会に損害を与えるケースです。後者は、詐欺、品質や賞味期限の改ざん、偽装、さらには失敗の隠蔽など、組織が不適切な方法で問題に向き合うことで発生します。

近年では、ハラスメントや職場いじめも組織不祥事の一種とみなされるようになっています。こうした不祥事は、企業だけでなく、自治体や教育機関など、あらゆる組織で起こり得るものです。

組織不祥事が今も起きているのは、なぜでしょうか?

2000年代以降、企業には内部統制システムの整備・強化が求められ、2015年にはコーポレートガバナンス・コードも制定されました。さらに、SDGsやESGの普及により、CSR(企業の社会的責任)への関心も高まっています。企業は統合報告書などで取り組みを公開していますが、それでも不祥事が後を絶たないのは、主に「対策が不十分であること」と「対策したつもりになっていること」が原因だと考えます。

ガバナンスや内部統制、企業倫理の基準は整備されていますが、現場まで浸透しておらず、実効性が伴っていないケースが多く見られます。経営層が「対策済み」と安心していても、実際には組織の統制が効いておらず、問題の隠蔽が重なることで、発覚まで時間がかかり、影響も甚大になることがあります。

私たち個人や日本は、組織不祥事に対してどのように対応すればよいでしょうか?

私は新制度派経済学と行動倫理学の視点から組織不祥事を分析していますが、そこから得られる重要な知見は、人間の合理的判断力や倫理観には限界があるという点です。新制度派経済学では「限定合理性(Bounded Rationality)」、行動倫理学では「限定倫理性(Bounded Ethicality)」と呼ばれ、人間の意思決定は必ずしも完全ではないことが示されています。

このような視点に立つことで、個人や組織が自らの判断力や倫理観を過信せず、現実的かつ慎重な意思決定が可能になります。また、複数人による確認や外部からの検証を積極的に取り入れることが、不祥事の予防につながります。

重要なのは、組織も個人も「自らを過信しない」ことです。さらに、現場部門に過度な負担がかかると、無理が生じて失敗のリスクが高まり、結果として隠蔽や改ざんが起こる可能性があります。近年注目されている「心理的安全性」は、生産性向上だけでなく、不正防止の観点からも極めて重要な要素です。

最後にこれから組織不祥事について研究したい人や、起業したい学生や若手に向けてメッセージをお願いします

組織不正を学ぶ意義は、何よりも「失敗から学ぶこと」にあります。江戸時代の剣豪であり大名の松村静山という人の言葉に「勝ちに勝ちの不思議あり、負けに負けの不思議なし」というものがあります。現代では、野球界の名監督がこの言葉を引用したことで広く知られるようになりました。

この言葉が示すように、ビジネスにおける成功は、例えば新商品の開発やイノベーションは、偶然のひらめきや運に左右されることもありますが。一方で、失敗には必ず原因があります。だからこそ、世の中の組織不祥事や失敗事例から学ぶことで、自社や自身の活動において同じ過ちを防ぐことができるのです。

人間も組織も完全ではない以上、失敗は誰にでも起こり得ます。重要なのは、失敗を謙虚に受け止め、そこから学び、同じ過ちを繰り返さず次に活かす姿勢です。組織不祥事は起きないに越したことはありませんが、残念ながら、ひとたび組織不祥事が発生した場合には、逃げずに向き合って解決を目指すとともに、そこから「いかに学ぶか」が問われるのだと思います。

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